地下鉄の乗り換え

| コメント(0) | トラックバック(0)
今に始まったことではないが、地下鉄で乗り換えるとき「どこまで歩くんだ」と思うことがよくある。毎日毎日地下鉄に乗るわけでもないし、行く場所もいつも同じではない。
一応携帯から行き方やら到着時刻などを見るが、昨日も東新宿から大江戸線に乗り換えるとき「なんだこのエスカレーターは!」「どこまで上がるんだ」なんて思っていたら実際は地上まで見過ごして出てしまったのだが、戻ったら今度は横へ行く横へと行く。
「乗り換え」というのはホームを変えること、もしくは電車を降りたそのホームの反対側の電車に乗ることだと私は思うのだが、最近はなんか駅を変えているような感じがする。

JRの阿佐ヶ谷で降りて丸ノ内線の南阿佐ヶ谷まで歩いて行って電車を乗り継ぐような気分である。もちろんそんなところばかりではないのであろうが、「乗り換え」が辛く感じているのは私だけであろうか。
そして特にあまり降りたことのない駅は別の線に乗るときのいつまでたってもホームが現れない不安感。時間を気にして走り続ける私。いつの間にか汗かいてYシャツの襟に指つっこんで。

まるで映画「明日の記憶」で渡辺謙が得意先の会社に行くときに場所を思い出せず一生懸命走り回っている姿とかぶってしまう。「次回はもっと早く出てこよう」なんて思っていてもいつそこの駅にまた行くかわからないから忘れているし。

だから数日いや数ヶ月経ってまたそこの駅で降りたときに「しまった。ここだったか!」となんか作戦にひっかかってその地下鉄を作った人から「またひっかかりやがった。ばーか」なんて言われているような騙されているような気になる。
そのうち連絡通路は「動く歩道」みたいになるのであろうか。そうなれば「○×線乗り換えの方はこちら」っていう「動く歩道」の上に立てば間違いなく行けるだろう。そしてその所要時間も書いてあったり「あと何分です」というアナウンスをしてくれると安心なのだが・・・とにかく 乗り換え=勝負 みたいな感覚でいつもびびっている自分、そして走っている自分、電車に飛び乗ったときの心臓はバクバクしているけれど何もなかったかのように平静を装い、「お願いだから汗は首から下だけにして!」という願いもむなしく平静を装っている顔から流れ出る汗。

一人だけ体温高くそれが満員電車だった時の苦しさと周りへの申し訳なさ。とにかく、最近は乗り換えも一つの勝負事に思えてきた。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.tsjapan.net/cgi/mt/mt-tb.cgi/363

コメントする

2011年11月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

アーカイブ